タイのアユタヤでは2025年10月に台風の間接的な影響とモンスーンの活発化により、北部・中部を中心に深刻な洪水被害が広がっています。
地形的にもアユタヤは河川に囲まれた土地に築かれたため、季節的な洪水の影響を受けやすいのです。
被害は全国19県、10万人以上の世帯にも及び、死者も22人にのぼっています。
政府は被災世帯に対し、一律9,000バーツ(日本円で42,900円)の支援金を支給することを決定したといいますがこの支援金だとどこまで修復できるのでしょうか…(;´Д`)
↑ 【タイ】洪水被害が深刻 19県で10万人超が被災、死者22人。政府は支援金支給を決定(10月8日時点)より引用させていただきました
世界遺産として残る寺院や仏塔なども例外なく、長期間水に浸かってしまうことで、レンガや漆喰が水を吸収して劣化が進むと言われています。
↑ 【タイ】洪水被害が深刻 19県で10万人超が被災、死者22人。政府は支援金支給を決定(10月8日時点)より引用させていただきました
水に含まれる泥や化学物質が遺跡の表面を覆うことで、乾燥してくると塩が結晶化して表面を剥離させる原因となってしまい塔等が傾いたり下から崩れてくる危険性もあるのです。
特に、ワット・チャイワッタナーラームなど河川沿いの遺跡では浸水が深刻で、修復のためのポンプ排水や保護シートの設置が行われているのですが追いつかない状況です。
↑ 古都アユタヤで洪水対策が本格化、恒例の防壁設置始まるより引用させていただきました
昨年訪れたワット・チャイワッタナーラーム。
↓ その記事はこちら
民族衣装を着た女性を多くの男性が写真に撮っていたという思い出があって、そこがこんなことになっているなんて…となんだか悲しいと同時に自然の脅威に驚いてしまいます。

↑ あちこちが削られたようになっていたのも、こういう洪水の積み重ねもあったのか…

↑ 勿論これまでの戦いによる残念な仏像もいっぱいあるけど…
2011年にも起こった大洪水では広い範囲で壁画が損傷してしまい、修復に数年を要した結果を私達は観光で目にしてきたのですが、今回も同じような長期の保存作業が必要となるので暫くは観光にも影響が出そうです。
日本はアユタヤとは歴史的に深い関係にあります。
日本人村を観光して知った歴史的背景には驚くような真実がありました。
徳川幕府は「朱印船貿易」を通じて多くの商人を海外へ送り出してその日本村が形成されたのでした。


↑ 日本の庭園も見事なまでに今でも存在しています
山田長政が日本町の指導者として地位を確立し、アユタヤ王の信頼を得て官職に就いて、軍事面でも活躍していました。
日本町では木材、武器、漆器などが輸出され、代わりに鹿皮や砂糖、象牙などが日本へ運ばれたと言います。

↑ その当時の「朱印船」の模型もありました…
仏教や生活文化を通じて相互理解が深まりつつあった1630年代に政争に巻き込まれてしまって日本町は衰退しました。

↑ 刀や囲碁、お茶といった文化もなお大事に保管されています
日本で鎖国が始まったことも決定打となりました。
それでもアユタヤと日本の交流は、単なる貿易を超えた「人の往来と信頼の歴史」として今も現地の人の心に残っているようです。
↓ 日本人村へ行った時の記事はこちら
自分達が訪れた場所が自然の大災害に見舞われてしまうことはとっても辛いです。
私達が訪れたのも11月だったと思います。
どこかへ観光に行くときは、その場所の直前の下調べも大事なことだと思うんです。
被害があった直後などは「観光」している場合では無いことも多く、その土地のことをニュースなどで意識して知ってから行くことが重要です。
チャオプラヤ川の水嵩も増してしまっているので、タイに行かれる方は現地のニュースを読むなどして現状把握を常にしておくと安心ですねm(__)m
行く観光地を変えるなどの対処は必要なこともありそうです。


